Last 1 Hour
退社前の1時間で書けるだけのコラム


だって愚痴なんだもん

ウォッチのレポーター軍団であるウォッチャーの方から、Wiredの最新号の山形浩生氏のコラム(現時点ではWeb未掲載:予定URLはここ)で、私のコラム「鍵のない家に入っても泥棒は泥棒である」を取り上げているよという情報を頂いた。Wiredの方には申し訳ないが、私自身はほとんどコンピューター関係の雑誌を定期購読していないので(そういえば入院しているときは良く読んだけど)、さっそく会社の近くの本屋で入手しました。

詳細は、ぜひWiredを読んで頂くとして、要するに「セキュリティはコストを上げるだけだって嫌悪したって、実際には必要な訳出し、結局ただの愚痴じゃん!」ってことだと思うんだけど、私としては「そのとおり。愚痴なんですよ」ということなんだけどって感じですね。

そのコラムの中でも書いているけど、鍵がなくても済むような社会が良いとは思うけど、私の実家である九州の片田舎でも今は鍵が必需品なわけでどんなに嫌悪していてもやっぱりセキュリティは必要なんですよ。そう、確かに桃源郷は存在せず、ある一定の割合で犯罪者、あるいはアンモラリストは存在するんです。

でもね、存在するからといってそれらを肯定する気にはならないってだけなんですよ。どうも、コンピューターセキュリティの話になると、「犯罪」よりも「セキュリティの不完全」さを叱る傾向にある。例えば、同じWIredの中でこのコラムで取り上げた、セキュリティの不完全なプロバイダーのせりふを取り上げてちょっとからかったように(少なくとも私はそう受け取れるように)書いているコーナーがあるけど、それってストーカーに執拗に追われている女性に対して「テレクラとかに電話しているいるからそういうことになるんだ。何泣きごと言ってんだよ」って突き放しているようなもんだと思うんですけどね。

実際、犯罪者に追い詰められたときの被害者の気持ちって「何で私だけがこんな目に会わなきゃ行けないの」って気持ちだと思うんですよ。どんなにその犯罪を誘発するような要因が在ったからといって、その恐怖に耐えなければいけない道理はないと思うわけ。それを「原因はあなたにもある」とさも客観的ぶって「犯罪が起こる可能性は分かっていたはずでしょう」なんて言うのは嫌いなんです。

確かに、ある一定の割合で犯罪を起こす人はいる。でも、一方でその犯罪を鬱陶しく思う犯罪を行わない人たちが多数存在する。そういう割合であることが、ごく当たり前の社会だと思うわけです。犯罪者より被害者に厳しい人たちが、さも「インターネットを知っている人」ぶることが嫌いなんです。ごく当たり前の愚痴を言う人がいて、そういう人たちが多いことが当たり前であれば良いと思っているだけなんですけどね。

P.S.

ちなみに、そのコラムを書いたときそのプライバシーを公開されてしまったユーザーの方から「被害者の立場として、どうして犯罪者を糾弾するような記事がないのか不思議でした。まるでそういうプロバイダーを選んだ私たちも責められているようで。貴殿のコラムを読んでほっとしました」っていう趣旨のメールも来ていました。


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