HP200LX日本語化キット 開発秘話

第3回 HP 100LXシステムマネージャの日本語化

TEXT:寺崎和久
前回は、HP 95LXの日本語化の歴史を紹介した。今回からいよいよHP 100LXの日本語化の歴史について紹介しよう。まず今回は、システムマネージャの日本語化について紹介する。

 今回紹介する「システムマネージャ」とは、先月号で取り上げたHP 95LX(以下95LX)のころから存在するコンセプトで、いわば「DOS上のWindows 3.1的な存在」とでもいったようなもので、DOS上において各種アプリケーションを切り換えながら使えるようにするための仕組みのことである。

LXシリーズ第2号、HP 100LX
[HP 100LX]
 HP 100LX(100LX)は、ご存じのように現行機種のHP 200LXの前モデルで、スペック的にはまったく同じものといえる。ただ内蔵アプリケーションの数が若干違う程度で、あとはその「色」が違うだけである(*1)。当初はRAMが1MBのモデルのみであったが、のちに2MBモデルが追加される。

*1 正確なことをいうと、マザーボードなどは変更されていた。一部HP 200LXユーザーの間で行なわれている「メモリアップグレード」などは、100LXではそう簡単にはできないのだ。

■最初の日本語化

 100LXが発売された直後から、DOS/Vの互換ドライバとして存在していたフリーソフトの「$FONTm.sys」と「dispc.sys」を使用することにより、DOS上での日本語表示が可能であることが知られていた。NIFTY-ServeのFYHPフォーラムでは、かなり初期のころからその方法についてもユーザーの手によって公開されていた。この状況は、アプリケーションで日本語が扱えるようになるまでに1年以上もかかった95LXとは大違いだったのである。100LXは、いわば発売された直後から「日本語を身にまとうことが可能」なコンピュータだったのである。95LXを買ったユーザーは、その大半は「Lotus 1-2-3がこんな小さなマシンで動いてしまう」とか、「このPIMが最高に使いやすい」という理由からであった。しかし、最初に100LXを購入した人たちの場合は「手のひらに乗る日本語DOSマシンである」というのが、実はもっとも大きな理由だったのである。

■95LX vs. 100LX

 100LXが発売される前に、すでにFYHPフォーラム(現FHPPCフォーラム)では、95LXの日本語化をはじめとしたさまざまな出来事が起こっていた。しかしそこで用意された会議室は「みんなの憧れHP 95LX」ひとつだけ(*2)だったのである。そこにきて登場した100LXの出現により、本来95LX専用の会議室であった場所が、一気に100LXユーザーの情報交換の場となっていったのである。それはまるで、DOS/V(DOS)のユーザーとWindowsのユーザーが、たったひとつの会議室に押し込められたかのような状態となっていたのだ。これでは混乱が起きないほうが不思議である。事実、こういったことが理由で、DOS派とシステムマネージャ派とが対立し、険悪なムードとなっていた時期もあった。

 システムマネージャ派が「内蔵アプリケーションを使わない100LXなんて、その魅力の半分も使っていない」といえば、「DOS/C(*3)専用マシンとして使うのも、ひとつの使い方ではないのか」という。95LXのユーザーは、「内蔵アプリケーションで日本語が使えない100LXよりは、日本語が使える95LXのほうがいい」といい、DOS/Cユーザーは「100LXになって初めて、DOS/Cが動くようになった」という。それまでは95LXというマシンしかなく、ユーザーみんながだいたい同じような方向性や目標を持っていた時代から、日本語PIMマシンとしての95LX、DOS/Cマシンとしての100LXという多様化の時代へと移っていったのである。

*2 正確には「恵梨沙フォント PJ for 95LX」という会議室もあったが、こちらは8×8ドット日本語フォントの「恵梨沙フォント」専用のものであった。

*3 当時の100LXユーザーは、DOS/VがVGA画面(640×480ドット)を想定してのネーミングであったのに対し、100LXなどのCGA画面(640×200ドット)に対応させたDOS/V互換ドライバをDOS/Cと呼んでいた。

■半角カタカナ表示が即実現

 95LXからずいぶんと進化を遂げていた100LXのシステムマネージャ上では、日本語化の作業はかなり困難なものであると思われていた。しかし、意外なことから半角カタカナの表示はかなり簡単に行なえることが発見されたのである。100LXでは最初から英語以外の1byte圏の各種文字コードに対応できるようになっていた。それを利用し、半角カタカナのフォントファイル(なんとWindows 2.0のビットマップ形式)を用意することにより、簡単に半角カタカナを表示することができたのである。こんなところをみても、100LXの柔軟な設計には驚かされたのである。

■ナゾの日本語表示ドライバのうわさ

 DOS/Cによって盛り上がっていた当時のFYHPフォーラムにおいて、ある日、こんな発言がアップされていた。

02401/02406 GGB03314 NORI
RE 100LXの日本語版
( 3) 93/07/03 19:04 02380へのコメント

あるまみ様

 100LXの日本語版は正確には日本語化だと思います。何故かと言うとYHPの方からその様なアナウンスが全然無いからです。
多分95LXの時と同じ様にどなたかがソフト的に日本語を表示するドライバを作成したのだと思います。
また紀伊國屋の植木氏の所で100LXの内蔵アプリが日本語を表示していたとも聞いています。
 その様な訳ですので今買っても大丈夫ですよ。
また、紀伊國屋さんも通販をしてたはずです。

NORI

 そう、ついにシステムマネージャの日本語化が何者かの手によって完成したというのである。ほんとうだとすると、驚くべき事実である。しかし、フォーラム内での受け止められ方はそう大きなものではなかった。第一には、そのシステムマネージャをまだ使いこなしているユーザーが少なかったこと、そしてもうひとつは、すでにユーザーは「DOS/C」という別の日本語環境を手にしてしまっていた、ということが原因であった。

kdisp100の画面イメージ
[kdisp画面]
 実はこの日本語表示ドライバ「KNJ100 LX」を開発したのは、95LX用の日本語表示ドライバ「kdisp」を開発した、かづひ氏であった。だが、彼はこれをすぐには公開しなかったし、あえて名前も「kdisp 100」とはしなかった。彼も「DOS/C」派に少なからず反感を持っていたひとりであった。95LXのシステムマネージャにほれ込み、kdispを開発した本人でもあったので、当然といえば当然かもしれない。彼にとって「LX=優れたシステムマネージャを持つマシン」なのであった。そして彼もまた、「システムマネージャで日本語を使えない100LXになんて乗り換えられないよ」と思っていたひとりでもあったのだ。

 こんなかづひ氏がこのKNJ100LXを開発した理由は、「100LX上で95LX用のソフトウェア(jmemo)が動いてしまった」という、単純な理由からであった。

 彼は最初、なぜ米国Hewlett-Packard社(以下HP社)がこんなにもグラフィックを多用した、いかにも遅そうな、そして95LXとまったく互換性のなさそうなマシンを出してきたんだろう、と残念に思っていた。「ひたすら軽く動く」ことが95LXのよいところであると確信していた彼の目には、それはまったくの別ものに映っていたのである。しかし、ふとしたことからひと晩だけ100LXを借りた彼は、ものは試しにと95LXの代表的ソフトウェアであるjmemoをインストールしてみたのである。すると、なんの手直しもなくすんなり動いてしまったのだ。「ここまで完全な互換性を維持していたのか」。100LXを見くびっていた彼にとって、これはかなりのショックであった。jmemoは速度を稼ぐためにハードウェアに直接アクセスしていたのであるが、それでも動いたのである。つまり、ソフトウェア上の互換のみならずハードウェアレベルでの互換性も維持していたのだ。

 「HP社のエンジニアがここまでやったんだったら、オレもいっちょやってやろうじゃないか」。

 この一件は、彼に100LXを買わせ、日本語ドライバを作らせる動機としては十分であった。さらには、内部クロックが上がり、動作が速くなったにもかかわらず、逆に電池寿命が延びていたことも驚きのひとつであった(*4)。

 さらにこのKNJ100LXの登場には、もうひとつの別の背景も存在していたのである。

*4 95LXから比べてよくなったことばかりではない。95LXでは積んであったサウンド用のD/Aコンバータが100LXではなくなってしまい、逆に音は悪くなってしまった。


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