HP200LX日本語化キット 開発秘話

第2回 HP 95LX日本語化の歴史

TEXT:寺崎和久


前回予告したとおり、今回は HP 95LX(以下95LX)の日本語化の歴史について紹介する。日本語のマニュアルさえついていなかった95LXで、どのように日本語を表示させ、どのような経緯で日本語エディタやfepが作られたのだろうか。


HP 95LXとHP 100/200LXのスペック
HP 95LX HP 100/200LX
CPU V20H相当 i80186相当
メモリ 512KB/1MB 1MB/2MB/4MB
クロック 5.37MHz 7.918387MHz
画面 240×128ドット 640×200ドット
バッテリー 単3乾電池×2 単3乾電池×2
 HP 95LXの日本語化の歴史を紹介する前に、まず95LXのスペックをひととおり紹介することにしよう。比較するために、HP 100/200LXのスペックも同時に挙げておく(表)。

LXシリーズの第1号、HP 95LX
[95LX画像]
 95LXの特徴のひとつは、なんといっても、それがIBM PC-XT互換機であったということであろう。これはつまり、PC-XT上のDOSソフトウェアが動作するということでもある。事実、少しの修正(おもには画面サイズの違いによるもの)で「VZエディタ」も動いたし、「Turbo C」も「MASM」も動いたのだ。その液晶画面は40×16文字というサイズであったが、仮想スクリーン機能を持っていたので、80×25文字の画面(MDA互換)として扱うことができる。そのため、80×25文字用のアプリケーションであっても使用することができた。実際にはカーソルが現在の画面の範囲外に動くと自動的にそれに追従して全体が縦、横にスクロールするという仕様になっていた(追従しないで、手動でスクロールさせるモードも存在した)。

 そしてもうひとつの大きな特徴は、「システムマネージャ」(*1)という名の独自のタスクスイッチャを持ち、内蔵アプリケーションはすべてそのプラットフォーム上で動いていた、ということであろう。これは、現在のWindowsなどを使っていれば当然のことであるが、あるふたつ以上のアプリケーションを切り換えながら作業を行なう、といったことを可能にするための環境であり、いわば、DOS上のWindows 3.1に相当するもの、といえば分かりやすいであろうか。つまり、取りかけのメモを開いた状態で、電話をかけるために電話帳アプリを開き、電話で話をしながらスケジュール管理のアプリを開いてミーティングの予定を入力する。電話が終われば先ほどのメモの続きを取りはじめる……、そんなことが可能な環境なのである。そして、それらの専用アプリケーションのための起動キーが存在することも、ほかのPCとは違う点でもある。

*1:このシステムマネージャは、実はLotus社によって作られたものである。95LXからして、Lotus社が自社の「Lotus 1-2-3」のプラットフォーム拡大のために各社(日本の数社も含まれていた!)に持ち込んだ企画なのであった。この提案にいちはやくゴーサインを出したのが米Hewlett-Packard社(以下HP社)であった。

■日本でも発売された95LX

 95LXは米HP社の製品である。そのため、日本では横河・ヒューレット・パッカード(現在の日本ヒューレット・パッカード)が取り扱っていた。製造元のアメリカ(1byte圏)では、Lotus 1-2-3がROMに載っていてキー一発でアプリケーションが切り換えられるということもあり、一部のユーザーからはすでに熱狂的な支持があったのだが、日本で販売されたものは、日本語化はされておらず、マニュアルですら日本語化されていないものであった。唯一、最初に読むスタートアップガイドのみが日本語化されていたのみである。

 日本語が扱えないコンピュータ……しかし日本でも、実際にそれを初期のころ買った人たちがいたのである。彼らのうちの多くは、95LXが発表された当時、昔からテレビや映画の世界でしかなかった「手のひらに乗るコンピュータ」がついに現われた(*2)のだな、と実感したのだ。自分でも使える、いつでもどこででも使え、ほんとうに持ち歩きのできるコンピュータが。

*2:流通しているソフトウェア(IBM PC-XT用)が使用できるマシンということ。それ以前から「ポケコン」や「Handy98」などもあったが、「世界標準」アーキテクチャを持ったマシンという点で、95LXの登場は衝撃的であった。

■KTYPEにより日本語表示が

KTYPEの画面イメージ
[KTYPE画像]
 当時の日本国内で95LXの情報といえば、パソコン通信の「日経MIX」か「NIFTY-Serve」のどちらかであった。日経MIXのほうでは、初期のころからかなりの盛り上がりをみせており、95LX上で最初に日本語の表示に成功したのも、その日経MIXのグループである。それがこの「KTYPE」であった。

 KTYPEは、santa氏によって作られたソフトウェアで、95LXのDOS上で動く日本語テキストビューアである。240×128ドットの画面上で16ドットフォントを使用するので、実際には15×8文字しか日本語表示できなかったのであるが、それでもまさかこの95LXで日本語が表示できるとは夢にも思っていなかったユーザーは、まさに狂喜乱舞したのである。

■まさか!?のjmemo登場

 92年3月27日、NIFTY-Serve、FYHPフォーラムの3番会議室に、以下のようなメッセージがアップされた。


221/512   HBA02202  mani              日本語 on Jaguar
( 3)   92/03/27 00:38  220へのコメント  コメント数:3

santaさんの方のというかMIXチームのほうのスケジュールは
わかりませんが、僕の開発スケジュールでは

  3月: 日本語表示
  4月: かな漢字変換モジュール作成
       DOS command prompt から立ち上げるeditor作成、デバイス
       ドライバ型の表示およびかな漢字変換モジュール作成
  5月: Sysmgr から呼び出せるmemoコンパチ日本語エディタ作成

てな感じです。現状日本語はページャで表示できるだけです。で、
いまはかな漢字変換モジュールを書きながら手ごろな辞書とフォン
トをさがしているところです。

 これが、後に大反響を呼ぶこととなる「jmemo」である。その当時、システムマネージャ上で動くアプリケーションは皆無であった。それなのにこのmani氏は、日本語エディタというだけでもたいへんなところを、それをシステムマネージャ上のアプリケーションとして作ろうとしているのだ……。これがどれほどたいへんな作業なのかは、たとえばWindowsが初めてこの世に出てきたその当時に、ほとんど資料もない状態で、その(当然英語しか使えない)Windows上でFEP込みの日本語エディタを作ろうとしているようなもの、といえば少しは分かっていただけるであろうか。それほどに、にわかには信じがたい発言でもあったのである。

jmemoの画面イメージ
[jmemo画像]
 さて、そのjmemoとはいかなるソフトなのか。ひとことでいうと、「FEP込みのマルチフォント対応日本語エディタ」である。ひととおりの編集機能と、ローマ字かな漢字変換を内蔵していた。かな漢字変換の辞書は、UNIXの世界で使用されている「SKK」の辞書を、日本語フォントには、これもやはりUNIXのX-Windowsの世界で使用されているフリーの14ドットフォントを使用していた。

 そして92年5月13日、ほぼ当初の予定どおりに待望のjmemoが公開された。当時のユーザーは、みな絶賛した。「日本語は完全にあきらめて買った95LXで、まさか日本語が使えるようになるなんて」。

 さらにすばらしいことに、作者mani氏は、そのソースコードを惜しげもなくすべて公開してくれたのである。その当時、まだシステムマネージャ上の開発環境に関する資料はどこにもなかった(*3)。これをもとに、いろいろなプログラムが作れるのでは……? 当時そう思った人たちも少なからずいたのである。

*3:実はアメリカのCompuServeでは公開されていた。日本では、その後それと同じものがNIFTY-Serveで公開されることになる。

 そのjmemoだが、初期のバージョンにはいくつかのバグがあった。ユーザーにとっては、少々のバグなどjmemoの魅力に比べれば些細なことであった。しかし、ひとつだけエディタとして致命的なバグがあった。途中の文字を削除していくと、それ以降の文書がおかしくなってしまうのである。あいにくmani氏は多忙なためバージョンアップもままならない。

 そんなころ、jmemoのソースコードと格闘していた人物がいた。これが後にkdispを作ることになる、かづひ氏である。彼もまた、jmemoの魅力に取りつかれたうちのひとりだった。彼は公開されていたソースコードをもとに、そのバグを修正し、さらに自分に必要な機能を追加していったのである。そしてそれを「jmemo Version 2.00」として公開した。


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